自分の親が我が子に接する様を見ていると、
ああ、育てられてきたように育てているなぁ、もしくは、
育てられ方を強く意識して育て方を試行錯誤しているなぁ、と
意識させられてしまう。

嬉しかったことは我が子にも。
嫌だったことは再現しないように。

祖父となった父が、孫である娘に読み聞かせをしているのを、
絵本を介した教育でありコミュニケ―ションしているのを、
いままさに自分が試行錯誤していることの
見本のような様を見せつけられているのを、
衝撃を持って目の当たりにし、冒頭のことを自覚した。

親を超えて育ってきたようなつもりで、
まだ越えていないものがある。
これから超えていくべきものが。

 

 

 

…つうか、うちの親ってば元小学校教員なんでした。
ちくしょうプロめ、負けてはおられぬ。


かーちゃんになって1年が経ちまして。
娘の「お世話」の内容もだんだん赤ちゃんのそれを脱し、子どもらしくなってきました。
すなわち、意思の疎通が図れるということで、片手間に相手してるとばれるってことですね。
授乳中のついったーとか控えた方がよさそうだなおい。

ときどき「上手に育ててますね」と言われることがあります。
素直にうれしい。
でも特別に育児を学んでたわけでもなく、自分がこう育てられたらうれしいなと思うことをやってるだけです。
限られた時間で一緒に遊び、衣食住のお世話をして、いちゃいちゃと過ごす。
にこにこ機嫌よくしてるのも不機嫌にべそかいてるのも、たまらんかわいいです。

上手に育てるってなんだろうよくわかりません。
上手に育てたからいい子、じゃないだろうし、将来娘が不満のない大人になるかっつーと「なんであれしといてくれなかったの!」「あんなことされてたからだいなし!」とか絶対あると思うし。
せめて愛してるよ大好きだよと日々伝えたい。

子育ての悩みの8割は子供の性格によるんじゃないかと仮説を立てています。
あとの2割はかーちゃんの考え方の癖か。
かつてカウンセリングでがっつりやった認知行動療法とか、コーチングとか、自分の考え方の癖を振り返りまくりを経ての、私の子育ては「今でよかった」というタイミングだと思ってます。
いやほんと。10年前だったらもっと辛かったと思う。

産休明けで復帰したあと、小児科にかかったとき、お医者様から
「家族なんだからお互いの都合を譲り合って。親の都合は仕方ないんだから譲ってもらって、そのぶん家では思い切り遊んであげるとかで大丈夫。割り切っていきましょう」と言われて、なんか楽になったことを思い出した。